ダンス・マカーブル 19
2008/05/17 Sat
※
「フランシスだったかしら。それとも、フレデリック? まあ、いいわ。なまえがなんだったかは忘れてしまったけれど、そこの若白髪。訊きたいことがあるのよ。答えなさい」
ぐるり、と銃火器を手にした白ずくめの男たちに取り囲まれているにもかかわらず、ぽつん、とその部屋にただひとつ置かれた椅子の上から言葉だけは傲然と、女は若白髪の司祭へと呼びかけた。
低くもなく高くもない、冷たくもなければ甘くもない、しかし不思議に耳に響くその声音に、教会の使者にしては逞しい男たちが一斉に、筋肉で盛り上がった肩をわずかに震わせるらしい。
男たちは、覚っていた。
この、いっそ寒気がするほどに凄絶な美貌を持つ女の正体がなんであるのかは知らなくとも、本能的に覚っている。
鍛え上げた肉体も銃火器さえなんの役にも立たないほどの、凶悪なまでに強大な力がおのれの目のまえに、いま存在しているということを。
扇のような長い睫毛に縁取られた、闇を抱えて光るかたちのよい金の瞳。
氷雪のようななめらかな肌に、少々幼さを残すように見えさえする薄紅色のくちびる。
雪がちらつくこの街ではありえないほどに薄い、わずかに肌の色を透かすようである黒の衣装からすらりと伸びた四肢も。
人が想像しうる美を結集させたのではないかといわれるフィオナ神像よりも不思議に美しく、見るものを一瞬にして魅了するほどの力を全身から放っているというのに、そのすべてがどこか禍々しく見えた。
近付いてみたい、と強く惹きつけるというのに、これ以上近付けばその力に飲み込まれてしまう、と強く怯えさせる。
いまは、不思議な光沢を持つ赤紫の髪が顔の左半分を覆うようにして流れていた。けれどそうだというのに、人ならぬほどと思い知らせるその美貌が、本能的な恐怖を覚える男たちにさらなる恐怖を植えつけているのだ。
しかしもしもこの場にJがいたならば、女のようすがいつもと違うことにすぐに気付いただろう。
だがいまここに、彼の姿はない。
だから、女は顔見知りの司祭が部屋に入ってくるなり声をかけたのだ。
「正直に答えないと、殺すわよ? 殺してわたしに隷属させてから、おなじことを訊いてあげる」
「……フェリックスですよ」
困ったように微笑んだフェリックス司祭は、鈍感であるのかはたまた妙に強い心臓を持っているのか、女を囲む男たちとは違い、普段とたいして変わらない穏やかな態度でもってゆったりとした白い法服を揺らしつつ、女に歩み寄った。
「まあ、呼び名などなんであってもわたしは構いませんけどね。それで、『死者の舞踏』。訊きたいこととは……なんでしょう」
わざわざ訊き返さなくともわかるけれど、というような苦笑をこぼしつつ司祭が言う。
「Jは、無事でいるの?」
女はまっすぐに、訊ねた。
「生きているのでしょうね、Jは」
「……ええ、いまのところは。残念、ですか?」
「なんですって」
「Jが生きていて残念か、と訊きました」
「なぜそんなおかしなことを訊くの? まるでわたしがJを……」
わたしがJを殺したがっているように聞こえるわ、とつづけようとした女の言葉を、司祭は右手を軽く上げて遮った。
「ああ、失礼。言葉を遮って申し訳ないのですがね、『死者の舞踏』」
そうして謝っておいて、女へと銃火器を向ける男たちに向かい、
「すみませんが、部屋の外に出ていてください」
と溜息混じりに言う。
「彼女とふたりだけにしてください。いくつかの確認をとるだけですので、時間はそれほどかかりません」
「なにを仰るんですか、フェリックス司祭。危険です!」
「ええ、そうでしょうね。しかし、わたしがこのようなことを言うのもなんですけれどもね。あなたがたがいてもいなくても、危険なことにはかわりはないと思いますよ。そもそも彼女の瞳には、そんなもの、ただの玩具にしか見えていないのでしょうし」
そんなもの、と銃火器を指されて、男たちは言葉を喉に詰まらせた。
「むしろ、わたしのほうが落ち着かない。なにせ、わたしはちいさくて臆病な心臓を持つ人間ですのでね」
にこ、とつくり笑いを浮かべて、司祭は渋る男たちを部屋の外へと追い出す。とはいえ男たちが、部屋を出る瞬間、どこかほっとしたような顔をしたことも事実ではある。
司祭は扉が閉ざされるのを確認すると、怪訝そうに眉を寄せる女へと向き直った。
「さて。さきほどの話のつづきですが」
その顔に、いつも浮かべているつくり笑いが見られない。珍しく真剣な瞳をして、司祭は女を見つめた。
「わたしがJを殺したいなんて思うはずがないでしょう。よく考えてみるといいわ、若白髪。わたしがここにいるのは、教会を恐れてのことじゃない。Jを死なせたくはなかったからだわ」
女が、鋭い、けれどどこか悲しげな声音で言い放つと、司祭はちいさく溜息をつく。
「……わかっていますよ。あなたは、自分のことよりもまっさきに、Jのことをわたしに訊いた。わかって、いますよ」
「だったらなぜわざわざ、そんなくだらないことを訊くの」
「簡単なことです。ほかに人がいたからですよ。話を戻しますが……『死者の舞踏』の所有者と見られる異端の男なら、さきほど薬を使った上でふたたび拘束されましたので、心配はいりません」
「拘束ですって? それのどこが、心配いらないというの。それ以上ふざけると、ほんとうに殺すわよ」
「あれがJだというのなら、あなたに恨まれても文句は言いませんよ。呪い殺されるのはごめんですが」
苦笑しつつ肩をすくめてみせた司祭に、女は美しい顔をしかめた。
「意味がわからないわ」
「ええ。正直、わたしにもよくわかりません。けれど、『死者の舞踏』。あなたにJを殺すつもりはまったくない。そしてJも、あなたを焚書にさせるつもりなどないということは、わかりました」
「もっとはっきり言いなさい」
苛々と、けれど弱々しいような声音で、女は言う。
そんなことがわかったところで、状況はなにも変わらないのだ。
このままだと、『死者の舞踏』はフィオナの聖なる炎とやらにくべられ、Jも『死者の舞踏』を所有した異端者として殺される。
教会の人間からすれば、女は数ある忌まわしき魔道書のうち最も厄介なもののひとつで、Jは腕利きとはいえ数いる稼ぎ屋のうちのひとりでしかないのだ。ひとりと一冊を聖なる炎で灰になるまで燃やしてしまっても、彼らには痛みさえ残らない。それどころか、清々しくさえ思うのかも知れない。
ぐ、と組んだ白い手指を見下ろして、女は震えた。そうして、司祭のつぎの言葉を待つ。
そして、
「Jではありませんよ」
やってきた言葉に、一瞬、女は呆けた。
「……なんですって」
「ですから、拘束されたのはJではありません。ほかの人間にはわからないでしょうが、わたしは彼との付き合いが意外に長いものでね。見分けくらい、つきます」
女は瞠目すると椅子を倒すような勢いで立ち上がり、司祭に詰め寄る。
「若白髪。どういうことなのか、わかるように説明してちょうだい」
「その呼び方にはちょっとした抵抗がありますが……とりあえず、落ち着いてください」
苦笑して、司祭は女を丁寧に椅子に押し戻した。
「フランシスだったかしら。それとも、フレデリック? まあ、いいわ。なまえがなんだったかは忘れてしまったけれど、そこの若白髪。訊きたいことがあるのよ。答えなさい」
ぐるり、と銃火器を手にした白ずくめの男たちに取り囲まれているにもかかわらず、ぽつん、とその部屋にただひとつ置かれた椅子の上から言葉だけは傲然と、女は若白髪の司祭へと呼びかけた。
低くもなく高くもない、冷たくもなければ甘くもない、しかし不思議に耳に響くその声音に、教会の使者にしては逞しい男たちが一斉に、筋肉で盛り上がった肩をわずかに震わせるらしい。
男たちは、覚っていた。
この、いっそ寒気がするほどに凄絶な美貌を持つ女の正体がなんであるのかは知らなくとも、本能的に覚っている。
鍛え上げた肉体も銃火器さえなんの役にも立たないほどの、凶悪なまでに強大な力がおのれの目のまえに、いま存在しているということを。
扇のような長い睫毛に縁取られた、闇を抱えて光るかたちのよい金の瞳。
氷雪のようななめらかな肌に、少々幼さを残すように見えさえする薄紅色のくちびる。
雪がちらつくこの街ではありえないほどに薄い、わずかに肌の色を透かすようである黒の衣装からすらりと伸びた四肢も。
人が想像しうる美を結集させたのではないかといわれるフィオナ神像よりも不思議に美しく、見るものを一瞬にして魅了するほどの力を全身から放っているというのに、そのすべてがどこか禍々しく見えた。
近付いてみたい、と強く惹きつけるというのに、これ以上近付けばその力に飲み込まれてしまう、と強く怯えさせる。
いまは、不思議な光沢を持つ赤紫の髪が顔の左半分を覆うようにして流れていた。けれどそうだというのに、人ならぬほどと思い知らせるその美貌が、本能的な恐怖を覚える男たちにさらなる恐怖を植えつけているのだ。
しかしもしもこの場にJがいたならば、女のようすがいつもと違うことにすぐに気付いただろう。
だがいまここに、彼の姿はない。
だから、女は顔見知りの司祭が部屋に入ってくるなり声をかけたのだ。
「正直に答えないと、殺すわよ? 殺してわたしに隷属させてから、おなじことを訊いてあげる」
「……フェリックスですよ」
困ったように微笑んだフェリックス司祭は、鈍感であるのかはたまた妙に強い心臓を持っているのか、女を囲む男たちとは違い、普段とたいして変わらない穏やかな態度でもってゆったりとした白い法服を揺らしつつ、女に歩み寄った。
「まあ、呼び名などなんであってもわたしは構いませんけどね。それで、『死者の舞踏』。訊きたいこととは……なんでしょう」
わざわざ訊き返さなくともわかるけれど、というような苦笑をこぼしつつ司祭が言う。
「Jは、無事でいるの?」
女はまっすぐに、訊ねた。
「生きているのでしょうね、Jは」
「……ええ、いまのところは。残念、ですか?」
「なんですって」
「Jが生きていて残念か、と訊きました」
「なぜそんなおかしなことを訊くの? まるでわたしがJを……」
わたしがJを殺したがっているように聞こえるわ、とつづけようとした女の言葉を、司祭は右手を軽く上げて遮った。
「ああ、失礼。言葉を遮って申し訳ないのですがね、『死者の舞踏』」
そうして謝っておいて、女へと銃火器を向ける男たちに向かい、
「すみませんが、部屋の外に出ていてください」
と溜息混じりに言う。
「彼女とふたりだけにしてください。いくつかの確認をとるだけですので、時間はそれほどかかりません」
「なにを仰るんですか、フェリックス司祭。危険です!」
「ええ、そうでしょうね。しかし、わたしがこのようなことを言うのもなんですけれどもね。あなたがたがいてもいなくても、危険なことにはかわりはないと思いますよ。そもそも彼女の瞳には、そんなもの、ただの玩具にしか見えていないのでしょうし」
そんなもの、と銃火器を指されて、男たちは言葉を喉に詰まらせた。
「むしろ、わたしのほうが落ち着かない。なにせ、わたしはちいさくて臆病な心臓を持つ人間ですのでね」
にこ、とつくり笑いを浮かべて、司祭は渋る男たちを部屋の外へと追い出す。とはいえ男たちが、部屋を出る瞬間、どこかほっとしたような顔をしたことも事実ではある。
司祭は扉が閉ざされるのを確認すると、怪訝そうに眉を寄せる女へと向き直った。
「さて。さきほどの話のつづきですが」
その顔に、いつも浮かべているつくり笑いが見られない。珍しく真剣な瞳をして、司祭は女を見つめた。
「わたしがJを殺したいなんて思うはずがないでしょう。よく考えてみるといいわ、若白髪。わたしがここにいるのは、教会を恐れてのことじゃない。Jを死なせたくはなかったからだわ」
女が、鋭い、けれどどこか悲しげな声音で言い放つと、司祭はちいさく溜息をつく。
「……わかっていますよ。あなたは、自分のことよりもまっさきに、Jのことをわたしに訊いた。わかって、いますよ」
「だったらなぜわざわざ、そんなくだらないことを訊くの」
「簡単なことです。ほかに人がいたからですよ。話を戻しますが……『死者の舞踏』の所有者と見られる異端の男なら、さきほど薬を使った上でふたたび拘束されましたので、心配はいりません」
「拘束ですって? それのどこが、心配いらないというの。それ以上ふざけると、ほんとうに殺すわよ」
「あれがJだというのなら、あなたに恨まれても文句は言いませんよ。呪い殺されるのはごめんですが」
苦笑しつつ肩をすくめてみせた司祭に、女は美しい顔をしかめた。
「意味がわからないわ」
「ええ。正直、わたしにもよくわかりません。けれど、『死者の舞踏』。あなたにJを殺すつもりはまったくない。そしてJも、あなたを焚書にさせるつもりなどないということは、わかりました」
「もっとはっきり言いなさい」
苛々と、けれど弱々しいような声音で、女は言う。
そんなことがわかったところで、状況はなにも変わらないのだ。
このままだと、『死者の舞踏』はフィオナの聖なる炎とやらにくべられ、Jも『死者の舞踏』を所有した異端者として殺される。
教会の人間からすれば、女は数ある忌まわしき魔道書のうち最も厄介なもののひとつで、Jは腕利きとはいえ数いる稼ぎ屋のうちのひとりでしかないのだ。ひとりと一冊を聖なる炎で灰になるまで燃やしてしまっても、彼らには痛みさえ残らない。それどころか、清々しくさえ思うのかも知れない。
ぐ、と組んだ白い手指を見下ろして、女は震えた。そうして、司祭のつぎの言葉を待つ。
そして、
「Jではありませんよ」
やってきた言葉に、一瞬、女は呆けた。
「……なんですって」
「ですから、拘束されたのはJではありません。ほかの人間にはわからないでしょうが、わたしは彼との付き合いが意外に長いものでね。見分けくらい、つきます」
女は瞠目すると椅子を倒すような勢いで立ち上がり、司祭に詰め寄る。
「若白髪。どういうことなのか、わかるように説明してちょうだい」
「その呼び方にはちょっとした抵抗がありますが……とりあえず、落ち着いてください」
苦笑して、司祭は女を丁寧に椅子に押し戻した。


